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「プレイヤードール・カウントゼロ / スターバト・マーテル」
 青いSNSより転載。「プレイヤードール」シリーズのアカイトの過去、2100年頃の話です。
 この頃はまだ世間一般にはアンドロイドやサイバーウエアに偏見や抵抗が根強く存在し、完全に溶け込んだといえるのは2115?20年頃…という設定です。


「プレイヤードール・カウントゼロ / スターバト・マーテル」



 俺がアンドロイドとして実体を持って稼働を始めてもう15年にもなると、マスターが引き受けて面倒を見ていた子供たちも、どんどん大人になっていく。鼻水垂らしてヘラヘラしていたあいつは厳しい顔をして家族の幸せのために頑張っているし、パンツ丸出しで走り回ってたこの子も、再来月には「お母さん」になる。
 こうしてここを「卒業」した後もちょくちょく顔を見せに来てくれるのは、ひとえにマスターの人徳のなすところといったところか。
「へぇ、大っきくなったなぁ」
 俺がそう言ってまじまじと見つめている様子がよっぽど可笑しかったらしい。サチは笑いながら「触ってみる?」と言った。
「え? いいの?」
 そう言いつつ、好奇心に負けた俺は、サチの大きな腹をそっと触ってみた。
 すると、とんっ、と小さな衝撃が掌に伝わった。
「わっ! 動いてる?!」
 すっげぇ!
「あれかな、「お母さんに触るんじゃねぇよ」って蹴りいれたのかな」
「かもねー」
 俺のリアクションに、サチはますます笑いが止まらなくなったみたいだ。
「そっかー、見所あるなお前。お母さんをちゃんと守ってやれよ」
 サチは母子家庭で母親が朝から夜まで働きどおしだったから、その間うちに預けられていた。ここなら似たような境遇の友達が何人もいるからいいけど、それでも寂しかったに違いない。
 だから、こいつの旦那と子供には、サチをちゃんと守って、幸せにしてやってほしいと思う。
「この子とも、遊んであげてねアカにぃ」
「もちろんだぜ!」

 玄関先までサチを見送ると、おチビどものおやつを何にしようかと考えながら俺は台所にとってかえした。
「お、どうしたジェシカ」
「熱があるの。今、計ってみたら38度こえてるわ」
 確かに、ジェシカに抱きかかえられたフェイは赤い顔をしてぐったりしている。
「俺、病院に連れてってくるわ」
 フェイの身体を受け取ると、心配げに寄ってきたチビどものうち年長の子に呼びかける。
「アキラ、マオ、冷凍庫に作り置きのワッフルがあるから解凍して皆に分けてやってな。ジェシカの言うことよく聞いて、大人しく留守番してるんだぞ。じゃあジェシカ、あとはまかせた。マスターも多分、夕方には戻れると思うから」

 フェイを抱えて向かうのは港湾施設近くの小児病院だ。ここは治療費がめちゃ安いんで助かっている。外国人港湾労働者が子供を連れてくることが多いので、安くしているんだそうだ。スポンサー企業としては、臨床データを集める意図があるんだろうけれど、善意は善意として受け取っておこう。
 相変わらず、混んでいるなぁ。受付を済ませて待合室で待っていると、見知った顔に出会った。
「あら、アッくん」
「ゆきえさん」
 うちの教会に来る信徒のひとりであるゆきえさんは、この病院で看護士をしている。
「チビちゃん連れてきたの? 大変ね」
「これも仕事だからさ」
 ゆきえさんはフェイの額に手をあてて顔を覗き込んだた。
「まだ、熱が高い程度で呼吸もしっかりしているから待っていられそうだけど、ゼイゼイいってたりぐったりしたら、受付の人に言ってね」
「うん、わかった」

 診察結果は単なる風邪ということなのでひとまず安心だ。晩飯、何作ろうかなぁ。フェイの分はお粥とかにした方がいいかな。
 そんなことを考えながら帰り道を歩いていたら、フェイは俺の考えを読み取ったようだ。
「アカにぃ、あのね、ぼくちゃわんむしたべたい」
「そっかー」
 それなら、他の皆の分と一緒にまとめて作れるな。卵は昨日特売のやつを買ってあるし。あ、かまぼこ買わなきゃ。マスターが好きなんだよな、絶対入れないと。


「ごちそーさまでした」
「おそまつさまでした。フェイ、ちゃんと薬飲もうな」
 フェイに食後の薬を飲ましてやっていると、マスターが気まずそうに切り出した。
「アカ、明日なんだがな…」
 そういえば。
「憶えてるって。偉い人たちのところに出頭する日だったろ」
 何しろ俺は、カトリック界広しといえどほんの10数体しかいないアンドロイドの聖職者なもので、「偉い人」連中が何かと煩かったりする。
「すまんな」
「俺だったら大丈夫。むしろマスターの方が心配だぜ? …キレちゃやだからな」
 わざと冗談めかして言ってみる。
「キレねーよ…俺の言動がそのままお前の評価になるんだもんな」
 マスターは俺の頭を、でっかい掌でわしわしと撫でた。何年たっても小さいガキ扱いなのはちょっと不満だけど、こうされるとやっぱり安心する。


 で、東京大教区の本部に出頭し、あーだこーだと審問されるわけだ。年に一度のこの下らねぇ茶番に15年間つきあってきた俺とマスター、偉いよな?
 しっかし、今回は久々にきたわー。俺の前身が音楽用のプログラムAIだってことで、わざわざ歌わせておいてから酷評すんの。そりゃあ、後でこっそり「正直、見くびってましたすみません。認識を改めましたよ」と耳打ちしてくるのもいたりはしたが…
「アカ…」
「俺なら大丈夫。いつものことじゃん。それよりさ、そろそろ時間じゃね?」
 他所の教会の手伝いにマスターとジェシカを送り出した。葬式と結婚式は、季節を問わずあるからな。俺は留守番。俺の素性を知った上で受け入れてくれているここの信徒の皆はともかく、他所の教会だと嫌な顔をされることもあるし、後で俺の素性を知って文句を言い出されないとも限らないから。偶には、俺の噂を知って、是非歌って欲しいと言われることもあるんだけどさ。
「あーあ」
 それにしても、悔しいな。俺の歌がもっと…そうなんだよ、アンドロイドだからって偏見を持つ奴も感動しちまうような歌、歌えるようになりたい。
「Stabat mater dolorosa iuxta Crucem lacrimosa, dum pendebat Filius.( 悲しみの母は立っていた 十字架の傍らに、涙にくれ 御子が架けられているその間)」
 俺以外に人のいない礼拝堂で、誰に聴かせるわけでもないのに自然と歌が口をついて出た。
「Eia, Mater, fons amoris me sentire vim doloris fac, ut tecum lugeam. ( さあ、御母よ、愛の泉よ 私にもあなたの強い悲しみを感じさせ あなたと共に悲しませてください)」
 俺が一番自信があるのは、「スターバト・マーテル」。だけど頭の固い連中は、「女の腹から生まれたわけではない者に聖母の悲しみが表現できるとは思えない」と決め付けてかかってる。
「…Amen」
 歌い終わった瞬間、背後から拍手の音がして正直びびった。歌に集中しすぎて、人が入ってきたのに気付かなかったぜ。こういったことを口にすると驚く奴は多いが、別におかしなことではない。最優先事項にベストをつくそうとすると、それに集中するために余計な雑音をカットしようとするんだ。この場合は、歌を歌うことにリソースが集中して、聴覚情報の処理が行われていなかった。
「素晴らしいですね」
 誰だろう、見たことない奴だ。年のころは20代前半といったところか。アジア系の優男だ。
「こちらに伺ったところ、礼拝堂から歌が聴こえてきたので…ペルゴレージ版ですね?」
「そう! そうなんですよ! これが一番得意なんで。でも、一番好きなのはフランシス・プーランクのやつで」
 おっと、わかる人らしいんでつい調子に乗ってしまった。
「へぇ…そっちも聴いてみたいですね。…ところで、支倉先生は?」
「ええと、今は他所の教会の手伝いに行ってます」
「それは残念です。久しぶりに日本に戻ってきたので、挨拶しておきたかったのですが」
 ってことは、長い間海外にいたのか。マスターの知り合いなのは間違いないけれど、何者なんだろう。日本語が流暢だから、日本人かな?
 と、そいつが煙草を咥えてライターを取り出した。
「待って! 礼拝堂は禁煙です!」
 やっべー。ついつい口調がキツくなっちまった。でも嫌なんだよな煙草。折角掃除したところにヤニつくし灰落ちるし。
 しかし気を悪くした風もなく、あっさりと煙草をしまってくれた。
「そうですか、すみません。…ところで、その赤い髪…きみがアカイト君ですか?」
「そうですが…貴方は…?」
「申し遅れました。僕は、多聞眞也(たもん・しんや)といいます」
 多聞って…あれ?
「アンタ、おやっさんの…?」
「そう、多聞のおやっさんの、息子ですよ」
 息子がひとりいるって話はきいていたけれど…マジかよ。うちのマスターとのツーショットが暑苦しいことこの上ないマッチョジジイの息子が、この優男だと?
「ええと、ということは眞也さんも、傭兵とかやってるんですか」
 こんな見た目でも腕っ節が強かったりするのかな。
「眞也さんとか、いいですよ。皆マヤって呼んでるんでそう呼んで下さい。それと僕は、父と違ってそんな荒っぽいことは苦手なんで別の仕事をしています」
 そうなんだ。何というか、うちのマスターよりよっぽど聖職者っぽい容姿と雰囲気だ。
 話をしてみると、彼はおやっさん同様音楽に詳しく、それ以外の話題も豊富で実に楽しい。ついつい話し込んでしまった。
「おや、もうこんな時間ですか。できれば支倉先生にも挨拶しておきたかったのですが…今日のところはこれで失礼します。先生に宜しく」
「ええ」
 今日のところは、ってことはまた来るのかな。来て欲しいな。
「久方ぶりの祖国で、新しい友人ができて嬉しいですよ」
「…って、俺のこと?」
「そうですよ。僕はそう思いたいんですが、どうですか?」
 直球でそう言われて、少し戸惑った。この人、俺のどこが気に入ったんだ。そりゃあ、俺だってもっとこの人と話をしたいと思ったけど。
「成る程ね」
 そこへ、藍色のアオザイを翻しつかつかと入ってきたのは。
「海…」
 阮海文(グェン・ハイヴァン)は、ジェシカの高校の同級生という縁でうちの教会に出入りするようになった奴で、俺にとっては数少ない「対等なダチ」で、でもって…ちょっぴり恥ずかしいが、惚れていた時期もあったりする。
 アオザイに身を包んで澄ましている彼女は黙ってさえいれば典型的なベトナム美人だし、気の強いところもかっこ良く思えたんだ…が…
「おや、お久しぶりです、サージェント」
 眞也さんはにっこり笑って海にそう言った。海を、陸上自衛隊にいたときから知ってるのか…?
「もう、退官したよ」
 海は、在日ベトナム人社会の大物な父と祖父に反発し、三者面談が行われていた高校の進路指導室を飛び出したその足で陸自の地方協力本部へ行ってその場で陸自海兵隊への入隊を志願してしまった(結果、勘当された)。で、無茶苦茶厳しい適性検査(一般公務員と違って、本人だけとはいえ三年勤めれば日本国籍が取得できるから人気がある職業なんだよな。そのかわり超厳しいんだけど)をパスして正式入隊し、実力で陸曹長にまでなった後に退官したツワモノだ。
「海外派遣されていた時期に、知合ったんだけどね」
 と、海は俺に向かって言った。
「ものすっごい、曲者だからな、この人」
 曲者って…どういう意味だ?
「確かに、おたくはアカを気に入っただろうよ…「綺麗」だものね…」
 綺麗…? 何言ってるんだ海…
「そうですね、綺麗です」
 眞也さんもあっささりと肯いたんだが…えーと、この文脈からすると、「綺麗」なのは俺ってことになるんだよな? 今ひとつぴんとこないんだけど。そりゃあ、女の子から外見が「かっこいい」って言われたことはあるけど…「綺麗」ってのは俺にはそぐわない気がするんだが。
「歌と、それを作り出す心が」
 え…
 思わぬ言葉に、呆然としてしまったのも無理はないよな?

 俺があっけにとられているうちに眞也さんは帰って行った。
「えーと…ところで海は、何で来たわけ?」
「ご挨拶だねー。おたく一人じゃ心配だから、ってジェシカが言ってたんだよ。年に一度のアレの後は少なからず凹んでいるから、ってね」
 ううー…
 妹同然(今では見た目は俺のほうが年下だけど)のジェシカにも心配されてしまうとは。何か皆で俺に色々とやってくるのは…そんなに俺、頼りないのかな。
「何だかさー、皆で俺のこと子供扱いしてね?」
「何年たっても素直なピュアっ子だからねーおたくは」
「え…えと、そう言われるのすっげー不本意なんだけど…」
 つまりそれって子供だって思ってるわけだろ?
「褒めてるんだってば。とにかく、歌を褒められたからって知らない人にホイホイついて行っちゃいけないよ。おたくは出会った人にすぐ懐いちゃうからね」」
 俺、そこまで馬鹿じゃないんだけど…それにしても何でそこまで眞也さんを警戒しているんだろう。




 買い物は午前中のうちにすますべきか夕方にするか。これは「店による」となるんだろうなぁ。閉店間際に見切りシールを張り出す店が大半なんだけど、たとえば開店準備の際に前日の売れ残りに見切りシールを貼っちゃう店もあるわけで。1日2日の間に使い切っちゃうからこれで充分だよな。だってうち、今マスターとジェシカと、預かってる子が5人いるし。
 本日の午前の買出しのお供は、ミユキとヒロト。「お手伝い」をさせると喜ぶお年頃だから。
「持てるかぁ?」
「だ、だいじょーぶ」
 ちょっと大丈夫じゃなさそうだな。ヒロトの持った買い物袋からいくつか出して俺の方に入れた。
「先生もアカにぃも力持ちでいいなー」
「お前だって、そのうち大きくなって力持ちになるさ」
 教会への帰り道、見知った姿をみつけた。
「ゆきえさん」
「あらアッくん」
 彼女の服装からすると。
「夜勤の帰り?」
「そうよ」
「ゆきえさん、送っていくよ」
 ゆきえさんのアパートは教会へ戻る途中にあるから。
「いいわよそんな」
「どうせ帰り道一緒なんだし。最近、あそこの病院の関係者が立て続けに襲われてるじゃん」
 そう、最近あの病院の関係者が襲撃され殺害される事件が連続して起きている。
「あれの被害にあっているのは幹部クラスの職員よ。ただの看護士には関係ないんじゃないかしら」
「いいっていいって」
「そーだよ、ゆきえさん」
 ミユキとヒロトも、神妙な顔で声をあげた。
「そう?」
 ゆきえさんは微笑しながら俺たちに歩調をあわせてくれる。
「アッくんは男の子だけあって頼りになるわね」
 そんなことを言われて、ちょっと照れ臭くなった。
「男の子って…俺、一応成人型だよ?」
「成人型っていってもね…私の子供も、生きていればアッくんと同じくらいになっていたはずだから」
 どうしよう。こういう話題はいつまでたってもやっぱり慣れない。…そうか、ゆきえさんが独り身なのは…
 ゆきえさんはマスターが神父になる以前からの知り合いらしく、昔「どうしてゆきえさんと結婚しなかったの」って訊いたら「おいおい、神父は妻帯できないだろ」って答えになってない答えが返ってきたことがあった。「ゆきえさんは過去に色々辛いことがあったから独り身でい続けているんだよ」とも。
 リアクションに困っている俺を見て、ゆきえさんはくすりと笑った。
「そういえば、以前支倉さんに聞いたわよ。ごめんね、アッくんのお母さんになってあげられなくて」
 うわー、マスターのばかーーーっ。そんなの本人にバラすなよっ。
 アパートの前でゆきえさんと別れ、教会へ戻った。
「あれ? 誰か来てる?」
 覗いてみると、来客は眞也さんだった。
「眞也さん!」
「やあ、アカイト君」
 テーブルの上にはまだお茶が出ていない。
「俺、お茶淹れてくるっ!」
 台所に飛び込んで、ミユキたちに手伝わせて買ってきたものを冷蔵庫にしまい、お茶の支度をした。
「何だ、すっかり打ち解けてたのか」
「うん」
「ついさっき来たところなんだが、この前俺が留守のときにお前に会ったって聞いてな」
 そんなマスターに眞也さんはにこやかに言った。
「いい息子さんですね」
「おーよ」
 うわ、臆面もなくそう言われると照れるってばマスター。
 俺がもじもじしながら突っ立っていたら、2人とも察したらしい。
「かまいませんよ。アカイト君も一緒にどうですか」
「アカ、気になるんだったらいてもいいぞ」
 そう言われたので、そそくさと椅子を引き寄せて座った。
「眞也も以前は眉間に皺寄せて余裕のない顔をしていた小僧だったのに、今じゃすっかり落ち着いたな。あれか、やっぱり世間に揉まれたからか」
「まあそんなところですね。かつては色々と、難しく考えすぎていましたから」
「たまには親父とも会ってやれよ。「わが息子ながら何考えてるんだかわからねぇ」ってぼやいていたぜ」
「なまじ血が繋がっている分、話しにくいことってのもあるんですよ。むしろ他人だからこそ先生の方が腹を割った話をしやすいというか」
 その言葉をきいて、俺は思わず口を挟んでしまった。
「何で? 多聞のおやっさん、いい人じゃないか」
 差し出がましかったかな。
「実の親子だからこそ、っていうのはあるんですよ。父に対するコンプレックスだのなんだのと」
 やっぱりわからない。海といい、実の親子だからこそ譲れない感情があったりするんだろうか。
「色んな奴がいて、その数だけ違う形の関係があるってことだよ」
 うん、それはわかってる。

 その後は、フリーランスのルポライターをしているという眞也さんから色んな話を聞いた。
 旧横浜の外にはめったに出ない俺にとっては、よその土地の話ってのはそれだけで興味深い。マスターも前歴が前歴だから色んなところに行ったことがあるんだけど、マスターの話とはまた違った面白さがあった。
「ルポライターって、どこにでも行くんだ」
「僕はまた極端なんですけどね、あちこち飛び回りすぎだとよく言われます。でもお陰で「答え」が見つかりました」
「答え?」
「いえ、こちらの話ですから」
 さっきの親子関係の話とも何か関係あるのかな。
 あ、そうだ。
「眞也さん、マスコミ関係だったらさ、オダギリ小児病院の事件について詳しいことわからないかな」
「例の、連続殺人ですか」
 眞也さんの目が険しくなった。
「アカ、なんだってそんな事件に…そうか、ゆきえさんか」
 俺はマスターに肯いた。
「うん、ゆきえさんは被害にあっているのは幹部クラスの職員だから自分は大丈夫だって言ってたけど心配で」
 俺がそう言うと、マスターは俺の頭を撫でた。しょうがねぇなあ、と言いたげだ。
「あのなぁ、ゆきえさんは俺が神父になる前からの知り合いだぞ?」
 それが何か…そうか。マスターは元はPMC (Private Military Company=民間軍事会社)の「社員」だったけど。
「ゆきえさんも元は、「あっちの業界」の人だった?」
「そういうことだ。自分の身は充分に守ることのできるスキルを持っているさ」
 あの優しいゆきえさんとそういう前歴は今ひとつぴんとこないんだけど。
 険しい顔で俺たちの会話を聞いていた眞也さんが、ぽつりと言った。
「アカイト君、きみはこの件に深入りしない方がいい」
「何で」
「色々と、まだ表に出せないソースというのがあるんですよ。その、ゆきえさんという人が心配いらないならそれでいいじゃないですか」
 そんな、思わせぶりな。

 そんなやりとりがあって3日後、また新たな殺人事件が起きた。日曜の礼拝に来たゆきえさんも表情が硬い。
「大丈夫?」
「私たち現場の者はね。上の人たちは大変だけど」
 俺たちがひそひそ話をしているのを見て、海が寄って来た。
「どうした?」
「ほら、ゆきえさんの職場のことでさ…」
「ああ、あれ…」
 さすがに特定の病院の関係者ばかり狙われているというだけあってセンセーショナルに報じられているから、海もすぐにわかったようだ。
「スポンサー企業絡みとか医療ミス関係の怨恨とか、色々言われているみたいだね」
「眞也さんが、何か掴んでいるみたいなことを言ってたけど」
 その名前を出すと、海の眉毛がぴくりとあがった。
「あの人また来たの」
「え…マスターに会いに」
「…ふうん…?」
 だから何で警戒してるんだよ。

 礼拝後の片づけが済んだので、花壇の手入れをする。苗の植え替えをしていたら、泣き声が聞こえた。あれはヒロトだな。
「どうした」
 振り返りながらそう言うと、ヒロトが泣きながら駆け寄ってくるところだった。
「アカにぃ、アカにぃ、たいへんだよぅ!」
 泣きながら俺にしがみつく。
「アキラにぃが車にひかれちゃったよ!」
 何だって!
 俺は移植ごてを放り出し、ヒロトと共に走った。
 教会の裏手の路地に、アキラが倒れている。轢いた車は逃げやがったか。
「とにかく病院に…」
 頭を打ったのか、ぐったりしている。
「オダギリ小児病院はやめなさい」
「眞也さん!」
 どうして…ってそうか、この前きたとき、礼拝の後にまた来るって言ってたっけ。でも…
「何でだよ。あそこが一番近いだろ」
 早く診せないと。
「今、僕が他の病院に連絡して手配します。あそこに連れていくのはやめるんです」
 その語気の強さに押され、わけがわからないままに俺は彼に従った。

 結論だけ言うと、アキラの怪我は大したことはなかった。頭を打っていたのでそのへんは念入りに検査を受けたけれど、他は身体の数箇所に打撲で、1?2週間もすればよくなるということだ。入院の必要もない。
「後ろから急に、どんってぶつかってきたんだよ」
 アキラはそう説明した。ヒロトの言うことも総合すると、あの狭い裏道にけっこうなスピードで侵入してきた車がアキラをはね、そのままのスピードで走り去ったということだ。
「信じらんねぇ。なんでそんなスピード出すんだか」
「理由があるからですよ」
 眞也さんがぽつりと言った。そういえば。
「あのさ、何であの時、オダギリ小児病院はやめろって言ったんだよ」
 彼が色々と手配してくれたり病院へ連れて行ってくれたり、その後警察に連絡したりとものすごくお世話になっちゃったけど…
「理由、きかせろよ」
 このままじゃ、納得いかないから。
「オダギリ小児病院は何故、格安で小児医療を行っていると思いますか?」
「スポンサー企業が臨床データを集めるため…だろ?」
 純然たる慈善事業じゃないってことぐらい、俺だってわかってるさ。
「それだけじゃないんですよ」
 眞也さんはモバイルを立ち上げた。
「今ならまだ引き返せます。きみは本来、こういったことに深入りすべき人ではありません」
 彼の目が、どうしますか? と問いかけていた。
「うちのチビが巻き込まれた以上、何も知らないままじゃいられないよ」
 そう告げると、眞也さんはフォルダを開いた。
「現在、取材中の資料なんですが」
「これは?」
 何のリストだ、これは…?
 俺は、フォルダの中身に目を通していった。…あ、これって…それに…!
 フォルダの中にもう一つフォルダが置いてあって、そこに収められていた取材資料に俺は目を疑った。
「こんなことって……!」


 教会を飛び出した俺は、少しためらった後に資料にあった中の一つの住所に向かった。まだ被害にあっていない幹部職員は他にもいるけれど、あの取材資料にあった「ある疑惑」に関わる奴はこいつで最後になる。
「さて、どうしたものか…」
 思わず飛び出してきてしまったけれど、はっきり言ってノープランだ。まさか呼び鈴を鳴らして家人に「おたくはこれこれこういう疑惑に関わってますか?」と問いただすわけにもいくまい。
「もしかして、何も考えずにここまで来ちゃったんですか」
「わ」
 俺の背後から声をかけてきた眞也さんは呆れた様子だ。
「とりあえず裏口に回りましょう。そろそろ暗くなってきたとはいえ表通りから見えるところでは不都合なので」
 不都合って何が?
 その疑問は、裏口に回って氷解した。ちょ、アンタ何、電子ロックをハッキングかましてんだ!
「取材している際に、非合法ギリギリ…というか少々アウトのこともやったりする必要もあるんですよ…でも今回はその必要はなかったみたいです」
 え。
「先客です。先に侵入した人がいて、ご丁寧にもセキュリティ会社への連絡が行かないように細工してあります」
「それ、まずいじゃんか!」
 俺たちも、裏口から侵入することにした。まさか聖職者の身で不法侵入やらかす羽目になるとは。マスターごめん。
 家捜しして発見したのはこの邸宅の住人であろう者、複数の死体。
 俺は聴覚センサーの出力を意図的にあげてみた。
「二階の、あっち側寄りの部屋!」
 足音と押し殺した人の話し声らしき音、そしてサイレンサーを使用した銃声(知識としては知っていた)。
 もう足音と気配を殺すつもりは全くないので邸内を一気に駆ける。
 そして、その部屋には、この邸宅の主人であろう人物の射殺体と…
「ゆきえさん…」
「アッくん?!」
 俺の出現に、ゆきえさんは心底驚いたようだ。そりゃそうだろうな。そして俺の背後を見て、「ああ」と溜息をついた。
「いつかの、記者さんね…」
「あの時は、何も語ってくれませんでしたが…今の貴女の姿は、色々と雄弁に語ってくれていますね」
 眞也さんの口調は責めたり非難したりといった様子は全くなく、淡々としている。
「貴女の息子さんを殺し、内蔵を抜き取った連中に自分の手で裁きを下すために…20年近くかけましたか」
 オダギリ小児病院の裏側に関する疑惑。スポンサー企業の臨床データ集め、確かにそれは事実なわけで。しかしもう一つの目的のために、大勢の子供のデータが集められているという。
 臓器移植は通常、本人のES細胞を培養して移植用の臓器を作る。が、これだと早くて1ヵ月、臓器の種類によっては半年近くかかってしまうこともあるわけで…病状によっては「間に合わない」ことも多々あるのは仕方ない。それでも、サイバーウェアをインプラントすることに抵抗ある世代(大体30代以上かなぁ? 最近の10代、20代はサイバーウェアに抵抗がなくなっている奴が結構多い)はそちらを取ることが多いという。
 じゃあ間に合わなかったらどうするのか。そこで、ブラックな市場での取引となるわけだ。
 つまり、あの病院の患者データはそのまま、移植臓器採取用のデータベースになっていた。
 そして日本国籍のない、つまりいなくなっても建前上は問題のない子は拉致られて「部品」ごとに分けられ…ちゃんと日本国籍を有している子供は、あの病院の近辺で「事故」にあってもらう。
 昼間、アキラがはねられたことを「理由がある」と眞也さんが言ったのはそういうことだったんだ。もしあの時、眞也さんが来るのが少し遅れていたら、オダギリ小児病院に運び込まれたアキラも「容態が急変」して取り返しのつかないことになっていただろう。
「その後、内蔵が取られていたとしてもよっぽどのことがない限りは気付きませんからね」
 親が子供の遺体にエンバーミングを施したり、医療関係者だったりしたら遺体の異常に気付くだろう。だが、告発に至る前に揉み消されてしまうんだ。病院の背後にいる連中によって。
「あの当時は、どこにも取り合ってもらえなかったわ」
「それで、独自に調査をしたり…」
 元々は普通の看護士だったゆきえさんがPMCに入社したのは、人を殺すための技術を手に入れるためだったのか。
「でもさ、眞也さんみたいにこの件を調査しているジャーナリストだっているんだし」
「そして、無力な一個人は他人が告発してくれるのを待っていろというの」
 俺は言葉に詰った。
「一個人が恨みによって裁くのは間違っているのかもしれない…でも、間違っていることをせずにいられないの」
「何で」
「母親だから」
 理屈になっていない。だけど、今の俺は彼女に対する反論も非難もできないでいた。
「終らせる前に邪魔が入らなくてよかった。…アッくん、アッくんのお陰でね、私、少しは救われたところがあったのよ。…悲しい思いをさせちゃうけど、ごめんね」

 そう言うと、ゆきえさんは手にしていた拳銃の銃身を咥え、引鉄を引いた。

「アカイト君、具合はどうですか」
「あ…」
 ここは…庭先か。門前に警察車両が停まっている。
「ショッキングな光景を見てしまい、処理が追いつかなくなり緊急停止してしまったんですよ」
 ゆきえさんの脳漿が飛び散るのを目にして、そこで俺の記憶は途切れていた。
「すいません」
「何が」
「きみの記憶ライブラリから、彼女との遣り取りの部分のコピーを証拠として提供しました」
「いや、それはかまわないよ」
 ゆきえさんにも理由があってやったことだってわかってもらえるなら。
 でも…
 肩を震わせながら蹲っている俺に、眞也さんは淡々と声をかけた。
「ああいう形で人が死ぬのを見るのは、初めてですか」
 俺は無言で肯く。最期を看取る、ということは今までにもあった。でもそれは、ちゃんとその人の自宅なりホスピスで、自然の流れで天に召されてのことだ。
「だから深入りするなって僕は忠告したんです。でもまあこんなこと、ヒトの世ではよくある、ことですよ」
「でもっ……! それでも、救いたかったんだ…!」
 俺がそう叫ぶと、眞也さんは俺の襟首を掴んで無理矢理立たせて力いっぱい殴りつけた。
「な…んだよっ」
「思い上がってるんじゃありませんよ。きみになにが出来るっていうんです。きみに出来ることなんて、教会に来た人が口にする悩みを聞いてやって慰めて、送り出すことだけです。それ以上のことなんて出来ませんよ」
 確かにそうだ。俺は…
 それでも、俺は。
「でも、何もしないでいたら…マスターや俺の存在意義がなくなっちまう」
「きみが神の教えに縛られている以上、今後も傷つくことになりますよ」
「それでも…なあ、ヒトは、いつになったら幸せになれると思う?」
「なれないと、思います。いつまでも」



 連続殺人は、被疑者死亡で幕を閉じた。そして、オダギリ小児病院に関するスキャンダルは表ざたになり世間を騒がすことになったが…
「でもこれで、万事解決ってわけじゃない。…そういうことなんだろ?」
「そうです」
 眞也さんは肯いた。
「需要がある以上、他の誰かが同じようなことを始めるでしょうね」
 それは、悔しいくらい歯がゆい現実だ。
「あの病院のスポンサー企業は「アキテーヌ」系列ですが」
 EUに拠点を置く国際巨大企業体(メガコーポ)の名を彼は挙げた。
「直接スポンサーになっていた企業はともかく、アキテーヌの日本現地法人自体には大したダメージになっていないわけですよ」
「ゆきえさんは無駄死って言いたいわけ?」
「そこまでは言いませんよ…世界は無意味な生と死に満ちた取るに足らないものであるというのが僕の持論ですが…たまに揺らぐことがあります」
 たまに?
 しかし眞也さんはそれ以上のことは語らなかった。礼拝堂に沈黙が降りた。

「リクエスト、してもいいですか」
 その沈黙を破ったのは彼のほうからだった。
「何?」
「ドヴォルザークのスターバト・マーテルのソロのパートを」
 ああ、それだったら歌える。
「でも何故これを?」
「アカイト君、知っていますか。ドヴォルザークは新進の作曲家として歩み出した頃、2年の間に3人の子供を事故や病気で亡くしているんです。その直後、一気に書き上げたのが合計演奏時間80分に及ぶ大作となったスターバト・マーテルです」
 それは知らなかった。初めて聴いたとき、「泣いている」と思ったのは間違いじゃなかったんだ。
 まるで慟哭のような、咽び泣いているようなオーケストラと、寄せては返すコーラスによる祈り。その中、咽び泣きそのもののソロ。
 それは、作曲者自身の愛する者を喪ったが故の慟哭だったのか。

「Stabat mater dolorosa (悲しみの母は立っていた)」

 きみに何ができる、と彼は問うた。俺にできるのは、こうして歌という形で代わりに泣くこと。それだけだ。

「Fac me tecum pie flere,crucifixo condolere,donec ego vixero.(あなたと共にまことに涙を流し十字架の苦しみを感じさせてください、私の生のある限り)」

 その慟哭が、誰かに届けばいいと願う。

「Quando corpus morietur, fac, ut animae donetur paradisi gloria. Amen.(肉体が滅びる時にはどうか魂に、栄光の天国を与えてください。アーメン)」




 銃口をこめかみに当てるとぶれるおそれがあるので確実に死にたかったら咥える方がいいんだそうです。
 じゃなくて。
 チラシの裏設定。
 自衛隊は実質的に軍隊ではあるものの、色んなしがらみから「自衛隊」と名乗り続けている、とか。
 陸自海兵隊は日本国籍を有さない者でも入隊できて、三年間の勤務で本人だけとはいえ日本国籍を取得することができる(一般の「公務員」だと20年間の勤務で本人と家族が日本国籍を取得)。
 しかしその三年間の教育でしっかり「国家の狗」となるべく徹底した教育が行われたりするわけですが。
 んで、「生粋の日本人」のみで構成された海上自衛隊陸戦部隊とは伝統的に仲が悪かったりするんですよ。
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【2009/05/27 15:56】 | 二次創作 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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酒とカレー粉の日々


酒と辛いものを愛するヲタクな劣等遊民・紅沙まみみ(あかしゃ・?)のダラダラな日々。酒とカレー以外では、峰倉かずや作品・チャンピオン系作品・魔法先生ネギま!とVocaloidの話題が多し。

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紅沙まみみ

Author:紅沙まみみ
 紅沙は「あかしゃ」と読ませます。
 酒と辛いものが好きな劣等遊民。初めてBL萌えしたのは幼稚園の時、「宇○鉄○キョー○イ○」を観て、という筋金入りのダメ腐女子。
 心の広い配偶者と息子2人(愛称は仔豚ちゃん)に恵まれるも、ダメ人間っぷりに変わりはなく。
 好きなビールはヱビス。煙草はアークロイヤル。一応清水エスパルスのファン。最近ではすっかりニコ厨。
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